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当園概要

園名 学校法人箕面若葉学園 若葉幼稚園
所在地 〒562-0043 大阪府箕面市桜井2丁目7-2 (MAP
TEL 072-721-2431
FAX 072-721-0348
E-mail info@mino-wakaba.ac.jp
創立 昭和10年11月
理事長 野村明美
園長 杉森俊夫
定員 280名
対象児 3歳児:4クラス
4歳児:3クラス
5歳児:3クラス
※少人数指導を大事にしています。
満3歳児 満3歳になれば入園できます。

沿革

若葉幼稚園は昭和10年、地域の若葉婦人会の「幼児教育を通じて社会に奉仕する」ことを基本理念に設立され、箕面市では最も歴史が深く、創立以来、卒園児も7500名を超える伝統ある幼稚園であります。
経験を通して得たもの、身につけたことなどを「意欲=やる気」へとつなげていけるよう、また日々の楽しい遊びの展開と充実を願い、保育をすすめています。

昭和10年 若葉婦人会が幼稚園を設立(箕面市で最初の幼稚園)
昭和40年 園歌制定
昭和44年 学校法人箕面若葉幼稚園の許可を受ける
昭和58年 プール設置
平成8年 全園舎鉄筋に改築完成
平成12年 多目的室を増築
平成14年 満3歳児「さくらんぼ組」開設
平成15年 保育の中に英会話及び箕面スイミングスクールを取り入れる
平成17年 70周年記念式典挙行

若葉婦人会

春は桜、秋は紅葉の箕面に、古い伝統と輝かしい歴史をもつ若葉婦人会が誕生したのは大正6年頃です。当時桜井は、箕面有馬電気鉄道(現、阪急電車)が開発した新興住宅地で、企業経営者や学者の方々が、煙の都大阪を避けて移り住み、発展の緒についたとことでした。たまたま婦人先覚者の有志が相寄られ、婦人文化の向上と、生活改善のための研究会の開催等が基盤となり、若葉婦人会の設立となりました。
その時灯された「婦道の火」は消えることなく、戦前、戦中、戦後を激動の中を発展し続けてきました。

桜井には早くから小規模ながら、桜井会経営の幼稚園がありましたが、昭和10年春になって存続が難しくなり、廃園の止む無きに至りました。それを耳にした若葉婦人会の役員は、保育中の幼児の将来のために、また、これから入園しようとする幼児のために、何とか援助したい、それが無理ならば、婦人会の手で幼稚園を作ろうではないかと涙ぐましい努力を続けれられましたが、適当な敷地が得られず、計画が挫折するのではないかと危ぶまれていました。

そんな折、幼稚園再建の熱意と努力を重ねられている婦人会の役員の姿に心動かされた西岡貞次郎氏は、幼児保育という貴い事業が挫折するのを見るにしのびず、快く現在の敷地を幼稚園のために提供してくださいました。婦人会の会長はじめ役員の皆様も大いに意を強められ、一般会員の支援も高まり、やっと幼稚園創設にこぎつけました。そして昭和10年11月1日に落成式を挙行いたしました。

開園当初は50人の園児数でしたが、3年目には100人を突破することになり、すぐに二階建ての園舎を増築しました。その後は日支事変、大東亜戦争、敗戦とわが国の最も変動が多い時期を迎えました。戦時中は園舎の一部が、軍隊に徴用されたこともあり、保育も十分満足して行われる状態ではなかったのですが、当時の婦人会の役員様方の身を挺してのご尽力でこの苦難期を切り抜けることができました。

創立20周年を迎えるころは、世に個人篤志家の経営する幼稚園、公私立や小学校に付属する幼稚園はたくさんありますが、本園のような地域婦人団体の経営する幼稚園は稀で、「教育箕面といわれる土地柄にふさわしい存在」「その経営が若葉婦人会という私益を離れた協同奉仕によって成り立って他に類を見ない所」と褒め称えられていました。しかし、時代の推移とともに幼稚園も私的なものではなく、公的な資格をとって名実ともに立派にしたという婦人会の念願が実現し、昭和44年に大阪府の認可を受け、「学校法人箕面若葉学園」と命名し、公式に理事長、理事、監事、評議員による会議制の運営となり、現在に至っています。

現在も若葉婦人会の支援を大きく受けながら躍進する若葉幼稚園です。